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第三話

last update Date de publication: 2025-09-09 09:34:35

「だな。お前は薄情だもんな」

珍しく辛辣な言葉に、私は言いすぎたかもしれないと思いつつも、この茶番を一刻も早く終わらせたい気持ちで黙り込んだ。

「それでも、これは決定だから」

「え?」

かなり間の抜けた声を上げてしまったと思い、慌てて秋久を仰ぎ見る。

そこには、戻ってきて初めて真剣な表情を見せる彼がいた。

「親父たちも了承済みだ。お前の両親には、いまから話をしてくる。古都には先に伝えておいたからな」

「ちょっと! 秋久!」

何年ぶりかに思わず名前を呼んでしまった。だが後悔する間もなく、そのまま秋久は屋敷の中へと足を進めてしまう。

――秋久と結婚? 何のために?

その言葉が本気だと分かっても、私には理解できなかった。

ただ茫然と立ち尽くしていると、秋久に伴われた両親がこちらへ向かってくるのが見えた。

「古都」

静かだが反抗を許さぬ響きを帯びた父の声に、私は思わず身がすくむのを覚えた

あまり感情を表に出さず、ずっとこの大友家に仕えてきた父とは、仲が良いとは言えなかった。

むしろ上司と部下、あるいは子弟関係とでも言ったほうが適切かもしれない。

母も同じだ。常に秋久や正久を一番に、三番目が私――それが当たり前だった。

「はい」

静かに声を発し、私は姿勢を正す。

「秋久様から話を聞いた。しっかりお役に立つように」

「え……?」

意味が分からず答えようとしたそのとき、今度は母が私を見た。

「秋久様のご迷惑にならないようにね」

私の意志とは無関係に、秋久との結婚が決まった瞬間だった。

どうして? 何のために?

そう思わずにはいられなかったが、私との結婚はやはり形だけのもので、私はただ再び利用されたに過ぎない――その事実を、すぐに思い知らされることになる。

翌日。

本当になぜ悲しいかわからなかったが、ベッドに入ると涙がこぼれてしまったことで瞼は重く、冷やさずに寝てしまったことを悔やんでももう遅かった。

カーテンをゆっくりと開けると、日の光がやたらとまぶしくて目を細める。

ただの職場だと思っていた本邸も、秋久がそこにいるときは、まるで違う世界に変わってしまう――そう痛感させられる気がした。

そんなことを考えていても、今日も仕事は山のようにある。

主人不在のこの時期は、前にいたハウスキーパーやメイドの数も減り、いまや父がこの家で全権を握っている。

そのため、私もさまざまな場所の仕事を手伝わされていた。

屋敷の財務はもちろん、人手が足りなければその補助に回るし、花の飾り付けの相談から、知らない人から届く手紙の仕分けや連絡まで――実に多くの時間を費やしている。

結婚が決まったからといって、すぐに何かが変わるわけでもないだろう。

時計を見れば、いつもよりわずかに遅い時刻を指していた。

私は慌てて着替え、一階へと降りていった。

朝食の準備はいつの間にか私の役割になっていた。

冷蔵庫に何が残っていたかを思い出しながら、静まり返ったリビングに足を踏み入れると、その静けさに驚き、思わず周りを見回した。

そこにはもう父と母の姿はなく、一枚のメモだけが置かれていた。

【起きたら早く来なさい】

そう書くくらいなら、起こしてくれればいいのに――。

そうぼやいたところで仕方ないことだと分かっている。

途端に食欲を失い、私はそのまま本邸へと向かった。

いつも通り裏口から入り、広い廊下を歩いていると、なぜか空気がいつもと違うように感じられる。

「砂羽」

この屋敷で数年働いている砂羽を見つけ、声をかけると、彼女は慌てたように駆け寄ってきた。

「古都さん、どういうことですか? いきなり古都さんの代わりの人が来たんですけど」

「え……?」

言葉の意味が理解できず問い返す間もなく、視線の先に秋久が誰かを伴って歩いてくるのが見えた。

「古都、サロンへ」

有無を言わさないその物言いに、私は成す術なく秋久に従うしかなかった。

「砂羽、仕事に戻って。大丈夫だから」

砂羽は初めて秋久を見たようで、そのオーラに圧倒され呆然としていた。

それだけを伝えて私はサロンへと向かうと、そこには父と母もいて、私は驚いてしまった。

サロンなど今の時代にふさわしくないと思うが、応接室のようなその部屋は、開放的な窓が全面にあり、その向こうには見事な庭園が広がっている。

天井にはシャンデリアが輝き、曲線的な美しさが特徴のロココ調の家具で整えられたその部屋は、代々受け継がれてきたもので、一つ一つ職人が修繕してきたと聞いている。

そのソファに優雅に座る秋久の横で、当たり前のように立っている父と母。

息が詰まりそうになるのをこらえ、私は静かに礼をすると、うつむいて無言で立っていた。

「古都、座って」

その言葉に驚いて顔を上げると、秋久は自分の横を指差した。

秋久の正面には、先ほど一緒にいた男性が腰を下ろしており、私は意味が分からず立ち尽くした。

「あの……」

「古都、早く」

いつもの軽薄さは一ミリもなく、鋭い声音で促され、仕方なく距離を取って秋久の横に腰を下ろす。

「古都、彼は俺の秘書の山脇裕也。昔からの学友でもある」

その言葉に記憶をたぐれば、かつて一度会ったことがあるのを思い出した。

まだ学生だったころ、秋久の友人としてこの屋敷を訪れていたのだ。

――今は秋久の会社に入ったのか。そう考えると納得がいった。

「お久しぶりですね、古都さん。あなたと結婚すると聞いて、私も驚きました」

にこやかな笑みを浮かべながらも、目だけは笑っていないことに気づく。

この人は、この結婚に賛成していないのでは――そんな考えが頭をよぎった。

そして昨日、秋久が電話で話していた相手は、もしかしたら彼だったのかもしれない。

秋久の学友であるということは、彼もまたどこかの御曹司なのだろう。

物腰の端々に、高貴さを漂わせていた。

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